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【ドキュメンタリスト・ダイアリーズ #6】『埋もれる叫び~南米アマゾンで広がる子ども達の異変』監督:萩原豊

2025-03-13更新

(提供:D会議室)

作り手たちの“生の声”をそのまま届ける企画「ドキュメンタリスト・ダイアリーズ」!作り手自らが作品で描くテーマや問題提起、想いなどを執筆した記事を紹介し、ドキュメンタリストの真髄と出会う<きっかけ>を提供します。​

今回は、第5回 TBSドキュメンタリー映画祭2025上映作品『埋もれる叫び~南米アマゾンで広がる子ども達の異変』の萩原豊監督からご寄稿いただきました!​

ドキュメンタリスト ダイアリーズ #6】

監督:萩原豊

1991年TBS入社。報道局社会部記者、「報道特集」「筑紫哲也NEWS23」ディレクター、ロンドン支局長、「NEWS23クロス」特集キャスター、社会部デスク、「NEWS23」番組プロデューサー・編集長、外信部デスク、ニューヨーク支局長、報道番組センター長などを経て、現在、編集主幹・解説委員長。50か国以上を取材。特別番組「ヒロシマ~あの時、原爆投下は止められた」(取材・演出)で文化庁芸術祭大賞。南米アマゾンの環境破壊を取材した、ドキュメンタリー番組「ブラッド・ゴールド」等で、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞、日本民間放送連盟優秀賞、ギャラクシー賞奨励賞、「小型武器拡散問題報道」で英外国プレス協会アジア部門賞など。初監督作品は、ハイチ難民家族を南米コロンビアから米国まで追ったドキュメンタリー映画「ダリエン・ルート~“死のジャングル”に向かう子どもたち」。

想像を超える実態

なぜ、こんなことが、アマゾンの奥地で起きているのか…。にわかには信じられませんでした。世界最大の熱帯雨林。時に対岸が霞むほど広大な川を小型ボートで遡る、その一帯は、人間の開発とは無縁の大自然に見えました。ところが、その先にあった先住民ムンドゥルク族の集落で、多くの“叫び”を聞くことになったのです。

開発などによる森林消失は、「地球の肺」の破壊として、国際的な批判を集めてきました。ただアマゾンの環境破壊は、それに留まりません。先住民ムンドゥルク族が最も問題視していたのが、「金の違法採掘業者」の侵入です。過去に例がないほど多いといいます。現地では、開発が禁じられているはずの土地が、大規模に破壊されていました。

さらに、先住民の子ども達の間では、異変が広がっていました。身体の障がいや脳の異常などが多発していたのです。先住民や医療関係者は強い危機感を募らせています。「アマゾンの水俣病」とも呼ばれる健康被害にも直面し、私は、この実態を国際社会に伝えなければ、という思いに駆られました。

「炭鉱のカナリア」

私の30数年の取材活動において、環境問題はライフワークの一つです。1997年にドイツで開催された気候変動枠組条約・第3回締約国会議(COP3)の準備会合から取材を始めました。当時、科学者グループが警鐘を鳴らしていた通り、その後、年を経るごとに、地球全体の変化が現れてきました。

気候変動の影響とみられる現場を数多く取材しました。例えば、グリーンランドで加速している氷河溶解、アフリカのマラウイで、子ども達に広がるマラリア感染の犠牲、またケニアでは、干ばつに苦しむ遊牧民トゥルカナ族…。いま振り返れば、こうした現場は、気候変動の序章に過ぎず、この数年、その影響は一層、深刻化しているように見えます。

アマゾンで進行しているのは、人間による直接的な環境破壊です。森林伐採や金の採掘による森林の消失は、地球温暖化を加速させているとされます。

その底流で問われているのは、“地球と人類の共存”の問題。健康被害が発生しているムンドゥルク族は、「炭鉱のカナリア」とも言えるでしょう。取材にあたっては、影響を最も被っている脆弱な人々の訴えに耳を傾けよう、“拡声器”のような存在になろう、と考えながら進めました。

編集で意識したこと

前作のドキュメンタリー映画『ダリエン・ルート~“死のジャングル”に向かう子どもたち』(Amazonプライム・ビデオ、U-NEXTなどで配信中)は、アメリカ入国を目指すハイチ難民家族を、中米コロンビアから追った内容です。移民・難民をめぐる課題を踏まえて、ふたつの家族の動きと心情を時系列で紡いでいく、いわば、ヒューマン・ストーリーの側面が強いものでした。一方、本作『埋もれる叫び』は、「社会課題の問題提起型」のドキュメンタリーです。アマゾンで起きている環境破壊を、現場取材によって様々な角度から掘り下げていきます。

構成とは別に、編集にあたって、強く意識したことがあります。アマゾンへの「没入感」です。スマートフォンの小さなモニターで動画を視聴する機会が多い時代です。だからこそ、劇場の大型スクリーンによって、壮大な熱帯雨林に入っていく感覚で観ていただきたいと考えました。時に、命の危険も感じる場面も含めて、取材のプロセスも共有してもらうために、編集上の工夫を随所に施しました。

また現場の上空から撮影する、いわゆる「空撮」は、かつては費用が高く、贅沢とも言える撮影手法でした。以前、チェルノブイリ原発やカンボジアの地雷原などを空撮した際は、相当の費用をかけて、ヘリコプターをチャーターしなければなりませんでした。ちなみに、カメラマンは重いカメラを担ぎ、ヘリのドアを外して、機体の外に身を乗り出して撮影に臨みました。

TBS・JNNの海外支局に撮影用のドローンが本格的に導入されたのは、わずか6年前、2019年ごろです。コロナ禍もあり、それほどの撮影実績はありませんでした。前作『ダリエン・ルート』では、ダリエン地峡のジャングルをドローンで撮影しようと試みましたが、ギャングの支配地域だったために撮影許可が取れず、また少し離れた場所でも軍関係の施設があり、飛行制限によって断念した経験もありました。

今回のアマゾン取材では、撮影時間が限られていたために、ドローン撮影に十分な時間を確保できたわけではありませんが、何度か実現しました。特に世界最大の熱帯雨林を上空から撮った映像は、ドローンの特性を活かした迫力あるものになっています。見渡す限り続く森林や河川、大規模に破壊された伐採や採掘の現場を、ぜひ劇場のスクリーンで、その場に身を置いているかように体感していただければと思います。

ムンドゥルク族からの“メッセージ”

現地の関係者は、先住民の健康被害と、かつて日本で発生した水俣病との共通点を認識し始めています。だからこそ、私たち日本メディアの取材に応じていただけたのだろうと思います。「日本の人々にこそ知ってほしい、助けてほしい」という切実な声も聞きました。

一方、現地では、開発に反対する環境活動家の殺害や誘拐が相次いでいるといいます。様々な利害関係から被害がタブー視され、関係者の間では緊迫感が漂っています。この映画を通じて、アマゾンの奥地に埋もれている実態を知っていただきたいと願っています。

またムンドゥルク族の人々が語る数々の「言葉」にも注目してください。今回、編集の過程で、改めて、インタビューの翻訳文を読み込み、映像を見返して、その意味を考え直しました。そこには、民族と土地の長い歴史を背負う誇り、自然や文化を次世代に継承しようという強い責任感を読み取りました。彼らの言葉は、人類全体への普遍的なメッセージにもなっています。

このドキュメンタリー映画が、アマゾンで起きている破壊の現実をより多くの人々に伝え、環境や人権について、深く考えるきっかけになれば幸いです。

 

「日本の人々にこそ知ってほしい」先住民族の切なる訴え
世界最大の熱帯雨林、南米アマゾン。取材班は特別な許可を得て先住民地域に入った。そこでは違法伐採や金の違法採掘が急拡大。先住民族の子ども達の間では、脳の異常や身体の麻痺などの深刻な健康被害が多発している。日本の水俣病と酷似し、「アマゾンの水俣病」と呼ばれ始めた。原因は金の採掘で使用される水銀の可能性が高いとみて、現地の医師らは危機を訴える。アマゾンの奥地で静かに進む、知られざる実態を明らかにする。

監督:萩原豊 ©TBS
作品情報:
https://tbs-docs.com/2025/title/11.html

東京会場(ヒューマントラストシネマ渋谷)上映スケジュール
◯3/15(土) 14:15〜
舞台挨拶あり:
【登壇】萩原豊監督、真山仁(小説家)、舛方周一郎(東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 准教授)
◯3/24(月)12:30〜

第5回「TBSドキュメンタリー映画祭2025」
2025
年3月14日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国6都市にて順次開催!

<開催概要>
東京=会場:ヒューマントラストシネマ渋谷|日程:3月14日(金)〜4月3日(木)
大阪=会場:テアトル梅田  |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
名古屋=会場:センチュリーシネマ |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
京都=会場:アップリンク京都 |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
福岡=会場:キノシネマ天神|日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
札幌=会場:シアターキノ|日程:4月開催

公式サイト:https://tbs-docs.com/
公式X:https://x.com/TBSDOCS_eigasai

『D会議室』は「ドキュメンタリーと出会い、ドキュメンタリーをしゃべる場」をテーマに、監督・プロデューサーといった「作り手」、ドキュメンタリー作品が焦点を当てるテーマや人をより深掘りし、知的好奇心を刺激するドキュメンタリーコミュニティです。
公式サイト https://dmeetspjt.com/
公式X https://twitter.com/dmeetspjt

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