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【ドキュメンタリスト・ダイアリーズ #5】『あの日、群馬の森で -追悼碑はなぜ取り壊されたのか-』監督:三宅美歌

2025-03-10更新

(提供:D会議室)

作り手たちの“生の声”をそのまま届ける企画「ドキュメンタリスト・ダイアリーズ」!作り手自らが作品で描くテーマや問題提起、想いなどを執筆した記事を紹介し、ドキュメンタリストの真髄と出会う<きっかけ>を提供します。​

今回は、第5回 TBSドキュメンタリー映画祭2025上映作品あの日、群馬の森で -追悼碑はなぜ取り壊されたのか-の三宅美歌監督からご寄稿いただきました!

ドキュメンタリスト ダイアリーズ #5】

監督:三宅美歌

岐阜県生まれ。立命館大学卒業。2011年 泉放送制作に入社。TBSテレビの生活情報番組「はなまるマーケット」などのアシスタントを経て、現在「報道特集」ディレクター。毎週のオンエアに向けてさまざまな時事ネタの取材に従事。最近はインターネット上の誹謗中傷・デマ・陰謀論の拡散に関心あり。毎年8月が近づくと終戦の日に向けた特集制作のため、アジア太平洋戦争の記憶と記録をたずね歩いている。本作が初の長編ドキュメンタリー。

「一体どこの国のテレビ局だ!」抗議の電話が 興味のはじまりだった

私はもともとバラエティ志望でテレビ業界に入りました。配属されたのは時事ニュースを全く扱わない生活情報番組。毎日が文化祭前日のような慌ただしい日々の中、自身もニュースを全く見ないような生活を続けていました。

ところが2014年。報道番組にいたチーフADが辞めてしまうという理由で、突如 「報道特集」異動の白羽の矢が立ったのです。報道特集は1980年から続く硬派な番組でした。

報道特集に移ってほどなく、私はあることに面食らいます。それは、放送後の視聴者からの大量の抗議電話でした。その日は番組で元慰安婦の証言を特集していました。「裏付けはあるのか!」「一体どこの国のテレビ局だ!!」――。いつもとは異様に違う電話の量に、この関係のテーマには何かとても厚い層があるように感じたのです。

のちにそうした“負の歴史に抗議する人たち”の存在をはっきりと認識する現場に出くわすことになります。

“負の歴史に抗議する人たち”の存在

2017年、東京・墨田区の関東大震災 朝鮮人犠牲者追悼式。関東大震災の混乱の中、デマを信じて朝鮮人を虐殺した史実に日本人が向き合い続けてきた式典です。この年、小池百合子東京都知事が式典への追悼文送付を取りやめると表明したことに大きな反発が起き、番組でも取り上げることになりました。

東海地方で育った私は、関東大震災での虐殺について学んだことがありませんでした。1次資料などを撮影して回る中で、当時起きた 集団の“狂気”に衝撃を受けていきます。日本人の手で碑が建てられ、追悼が続けられてきたことに、なんだか救われるような思いにもなりながら、式典の撮影をはじめました。

会場となっている公園に、警察と対峙している人だかりがありました。その先で、虐殺の史実を否定する人たちが別の集会を開いているといいます。奥に見える垂れ幕には「日本人の名誉を守ろう」とありました。のちにその主催団体について調べると、全国各地にある負の歴史を刻む碑や看板を撤去しようと動いていて、実際に撤去された事例が数多くあることを知りました。主催団体側のホームページを読みながら、いろいろな疑問が私の中でざわざわと沸いてきました。

「反日日本人の手による自虐史観」―?

「誹謗中傷を私たちの先祖に対して行っている」―??

その先祖が残したいと思って建てたものではないのか???

ちょうどその頃、群馬県にある 追悼碑の存続が裁判で争われていました。採用されないかも、と思いながらネタ案として会議で話題に出すと、「ショートニュースでは扱えない複雑な話こそ、尺のとれる番組が取り組むべき」との先輩方の後押しを受けました。アジアの歴史に知見の深い日下部キャスターにバックアップに入ってもらい、取材を始めてみることになりました。

歴史ネタのハードル

群馬の追悼碑裁判は、日韓関係が“戦後最悪”に冷え込む真っ只中で進んでいました。期限は決めず、当時の資料、遺跡、現場を見聞きしていた人達たちなど、1次資料に近いものを収集することに最も時間をかけました。

残念ながら、群馬に動員された経験のある朝鮮半島出身者は、すでに一人も存命しておらず、直接話を聞くことは叶いませんでした。しかし、その方たちが生きている間に聞き取った記録映像で公になっていないものがいくつか見つかったのです。戦後75年という時間のハードルとともに、記録はきちんと残しておくべきだということを ひしひしと感じました。

一方で、史実を否定している人たちが何を主張しているのかも随時チェックするようにしていました。彼らも彼らで、さまざまな資料を提示して、彼らなりの歴史の解釈をしているのです。「何年も前のことを、子供たちにずっと謝罪させ続けるつもりか」「伝え続けることが、むしろ日韓の友好を妨げている」との彼らの主張には、そのほうが問題解決につながるだろうか?、と私自身もずっと考えをめぐらせてきました。

ただ、取材を経た今、「繰り返さないために伝え続ける」ことを選んだ多くの日本の人たちがいて、その姿に「救われる」気持ちになった多くの朝鮮の人たちがいた、ということを強調しておきたいと思います。

対立する問題への萎縮

論争に巻き込まれそうだから・・・と撮影を拒否されることもたびたびありました。

追悼碑の撤去工事の撮影をめぐっても、群馬県側のかたくなな対応が印象に残っています。

県は主に「工事の安全性」「近隣住民への影響」を理由に、工事の撮影を拒否しつづけました。代執行の決定は地元紙の1面トップで扱われていて、地元の記者たちは高い関心をもって撮影交渉を続けていました。

「あれだけ広い公園なのだから遠くからの撮影なら問題ないのでは?」

「1社だけが公園に入る、代表撮影ならどうか?」

「県が撮影したものを各社に公表するのは?」

と譲歩しながら提案するも、最終的には「代執行開始と終了を宣言する様子のみ県が撮影し提供する」という形になりました。

仕方なく、私たちはヘリを飛ばして上空から撮影を試みることにしました。ただ、制作予算のことを考えると、飛ぶのは1回きりにしておきたい・・・。いつ飛ばすのが良いか、考え抜いたあげく、作業3日目の上空を目指すことにしました。しかし、すでに現場は更地に。追悼碑の残骸とみられるものは、大きなビニールシートで覆われていました。

のちに群馬県への情報公開請求で手に入れた写真を確認すると、夜中とみられる暗い時間帯に取り壊し作業をしたことが読み取れます。群馬県は相当ハレーションに気を遣っていたのですね・・・。

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当時を知る世代が、後世に伝えたい・決して繰り返さない という思いで残したものを、当時を知らない世代が、無下に取り払っていいのだろうか?

この違和感が、取材の起点です。

「20年の変化を追悼碑は静かに見ていた」と付けたキャッチコピーのように、さまざまな考え・立場の人たちが追悼碑前で行き交った月日を俯瞰して見る気持ちで作りました。

ともに考えるきっかけになれば嬉しいです。

 

この国の20年の変化を追悼碑は静かに見ていたー。

「群馬の森」にたたずむ追悼碑が取り壊された。それは戦時中、日本で過酷な労働を強いられた朝鮮人労働者を悼む碑だった。20年前、碑の設置を許可した群馬県はいまや碑の存在が「著しく公益に反する」という。その背景に浮かび上がったのは、負の歴史を”なかったことにしたい人々“の執拗な抗議運動だった。全国に広がる歴史修正の動き。碑はなぜ建てられ、そして取り壊されたのか。ひとつの追悼碑を通して日本社会の変化を見る。

監督:三宅美歌 日下部正樹 ©TBS

第5回「TBSドキュメンタリー映画祭2025」
2025
年3月14日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国6都市にて順次開催!

<開催概要>
東京=会場:ヒューマントラストシネマ渋谷|日程:3月14日(金)〜4月3日(木)
大阪=会場:テアトル梅田  |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
名古屋=会場:センチュリーシネマ |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
京都=会場:アップリンク京都 |日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
福岡=会場:キノシネマ天神|日程:3月28日(金)〜4月10日(木)
札幌=会場:シアターキノ|日程:4月開催

【作品別 舞台挨拶 情報】

2025 年 3 月 14 日(金)~4 月 3 日(木) @ ヒューマントラストシネマ渋谷(東京会場)

『彼女が選んだ安楽死~たった独りで生きた誇りとともに~』
3 月 14 日(金)14:00 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:西村匡史 ゲスト:近日発表

『米軍ア メ リ カが最も恐れた男 その名は、カメジロー』
3 月 14 日(金)16:00 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:佐古忠彦 ゲスト:内村千尋(瀬長亀次郎次女・不屈館館長)

『REASON~あの日、HIPHOP に憧れた少年たち~』
3 月 14 日(金)18:45 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:嵯峨祥平 ゲスト:近日発表

『埋もれる叫び~南米アマゾンで広がる子ども達の異変』
3 月 15 日(土)14:15 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:萩原豊
ゲスト:真山仁(小説家)、舛方周一郎(東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 准教授)

『小屋番 KOYABAN ~八ヶ岳に生きる~』
3 月 15 日(土)16:30 の回 舞台挨拶
【登壇者】 企画・プロデューサー:永山由紀子/撮影・音声・監督:深澤慎也 ゲスト:菊池哲男(山岳写真家)
3 月 22 日(土)14:15 の回 舞台挨拶
【登壇者】 企画・プロデューサー:永山由紀子/撮影・音声・監督:深澤慎也
ゲスト:菊池哲男(山岳写真家)、一双麻希(女優)

『渡邊雄太 ~傷だらけの挑戦者~』
3 月 15 日(土)18:45 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:久米和也 ゲスト:近日発表

『カラフルダイヤモンド~君と僕のドリーム2~』
3 月 16 日(日)14:15 の回/16:30 の回/18:45 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:津村有紀 ゲスト:カラフルダイヤモンド メンバー10 名
(古川流唯/中下雄貴/設楽賢/小辻庵/岡大和/國村諒河/高垣博之/関優樹/永遠/加藤青空)
※ハイタッチあり(映画祭パンフレット購入者限定)

『巨大蛇行剣と謎の4世紀』
3 月 20 日(木)16:15 の回/18:30 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:山﨑直史 ゲスト:山崎怜奈(タレント)
3 月 22 日(土)16:40 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:山﨑直史 ゲスト:今村翔吾(歴史・時代小説家)

『あの日、群馬の森で -追悼碑はなぜ取り壊されたのか-』
3 月 21 日(金)18:30 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:三宅美歌/日下部正樹 ゲスト:安田浩一(ジャーナリスト)

『War Bride 91 歳の戦争花嫁』
3 月 23 日(日)16:15 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:川嶋龍太郎 ゲスト:近日発表

『巣鴨日記 あるBC級戦犯の生涯』
3 月 23 日(日)18:45 の回 舞台挨拶
【登壇者】 監督:大村由紀子 ゲスト:内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授)

公式サイト:https://tbs-docs.com/
公式X:https://x.com/TBSDOCS_eigasai

『D会議室』は「ドキュメンタリーと出会い、ドキュメンタリーをしゃべる場」をテーマに、監督・プロデューサーといった「作り手」、ドキュメンタリー作品が焦点を当てるテーマや人をより深掘りし、知的好奇心を刺激するドキュメンタリーコミュニティです。
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公式X https://twitter.com/dmeetspjt

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【ドキュメンタリスト・ダイアリーズ #2】『ちゃわんやのはなし』はじまりのはなし 監督:松倉大夏
【ドキュメンタリスト・ダイアリーズ #1】映画『新渡戸の夢~学ぶことは生きる証~』監督:野澤和之 ゼネラル・プロデューサー:並木秀夫

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