プロが見たこの映画
【ドキュメンタリスト・ダイアリーズ #3】『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』監督:佐井大紀
(提供:D会議室)
作り手たちの“生の声”をそのまま届ける企画「ドキュメンタリスト・ダイアリーズ」!作り手自らが作品で描くテーマや問題提起、想いなどを執筆した記事を紹介し、ドキュメンタリストの真髄と出会う<きっかけ>を提供します。
今回は、現在公開中の映画『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』から監督の佐井大紀さんからご寄稿いただきました!
【ドキュメンタリスト ダイアリーズ #3】
監督:佐井 大紀
1994年4月9日生まれ、神奈川県出身。
2017年TBSテレビ入社、ドラマ制作部所属。『Eye Love You』『Get Ready!』など連続ドラマのプロデューサーを務める傍らドキュメンタリー映画を監督し、『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』『カリスマ~国葬・拳銃・宗教~』が劇場公開、最新作は『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』。その他にも、2021年には企画・プロデュースした朗読劇『湯布院奇行』が新国立劇場・中劇場で上演。ラジオドラマの原作執筆、『群像』『Forbs Japan』『ベース・マガジン』などの雑誌への寄稿、ビートルズ評論家の藤本国彦と共演した音声番組『ビートルズ“赤”と“青”と“NOW AND THEN” by藤本国彦&佐井大紀』の司会、TBSに残された貴重なドキュメンタリーフィルムをスクリーンで上映する『TBSレトロスペクティブ映画祭』の企画・プロデュースなど、テレビメディアに留まらないその活動は多岐にわたる。
ドラマよりもドラマティックな現実
福岡県・古賀に「手作り料理&ショーの店 シオンの娘」という店がある。テレビドラマのプロデューサーをしながらドキュメンタリー映画を監督する私は、この店の「ドラマよりもドラマティックな現実」と形容したくなるような不思議な引力にどうも惹かれた。「シオンの娘」を訪ねた新作映画『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』について触れながら、この引力を紐解いていきたい。
「イエスの方舟」騒動
「シオンの娘」を語る前に、まずこの店が生まれる発端となった騒動を説明したい。1980年、東京・国分寺市から10人の女性が突如姿を消したと報道される。彼女達を連れ去ったとされたのは、謎の集団「イエスの方舟」。その主宰者・千石剛賢は、美しく若い女性を次々と入信させハーレムを形成していると世間を騒然とさせた。2年2ヶ月の逃避行の末、千石が不起訴となり事件には一応の終止符が打たれる。しかし騒動の終息後、一度それぞれの家庭に返されたメンバーたち全員が千石の元へと戻り、福岡市中州で「シオンの娘」というクラブを経営しながら、そのまま45年間共同生活を維持し続けてきたのだ。
あくまで「宗教法人ではない」と語る彼女たちの正体、その歩んできた道のりを取材したい。安倍元首相の襲撃事件を発端に再浮上した旧統一教会の問題が過熱する中、私の中で「イエスの方舟」への興味がふつふつと沸き立っていた。早速私は映画のプロデューサー大久保竜と共に福岡へ飛び、彼女たちが営むスナック「シオンの娘」を目指す。
手作り料理&ショーの店 シオンの娘
騒動の影響で働き口が見つけられなかった「イエスの方舟」の女性たちは、スナック「シオンの娘」を自分たちで経営して自活している。福岡を代表する繁華街・中州で40年近く営業を続け、坂本龍一をはじめ数々の文化人が訪れたこの店は、松本清張の『点と線』の舞台である福岡県・香椎に移転しているという。「まずは身分を打ち明けずお客として彼女たちを知ろう」そう大久保プロデューサーと約束し、意を決して店のドアを開く。騒動時の過激な報道を経験しメディアへの警戒心を育ててしまった彼女たちに、全て顔出しで取材することの許しを得るのは決して簡単なことではない。そんなことは我々も承知していた。ドアに手をかけた時に感じたあの妙な重さは、不安と興奮が入りまじった複雑な感情の表れだったのだろう。
そして彼女たちは、一見さんの我々を暖かく迎え入れた。店の構造は所謂ガールズバーと同じで、カウンタ―の向こうに女性たちが座り会話を楽しむ。彼女たちは酒を飲まず、メニューは料理が中心。おふくろの味とも言うべき豪華でぬくもりのある家庭料理系の食事がカウンターを彩り、穏やかで心地よい時間が流れている。
酔いも少し回った頃合いでショータイムが始まる。演歌を歌う女性もいれば、ピアノを弾く女性、フラメンコを踊る女性もいて演目は様々だ。すべて独学だという彼女たちのパフォーマンスは、アマチュアかプロかという議論は一切無意味と感じさせるほど繊細さと大胆さに満ち、とても魅力的で洗練されたものだった。東京での激務に疲れ果てた男二人は、気づけば頬を緩める。
シスターフッド・イン・フクオカ
といったようなことが何度か続き、ついに我々は身分を打ち明け、彼女たちの取材許可を得るに至る。「イエスの方舟」の生活と信仰の実態を捉えるべく身を乗り出した私だったが、撮り終えて気づいたのは、彼女たちが示唆するのは宗教の問題、空洞化した家族の問題、個人主義化した社会の問題、マスメディアの問題、女性の生き方の問題…つまり盛り沢山だったわけである。そのうち私は、我々が生きる社会の既存の価値観を疑い、それとは違う自分らしい生き方を模索した女性たちの連帯こそが「イエスの方舟」の本質だ!とまで思うに至る。そしてその生き様を貫くためには自活が不可欠であり、かつ彼女たちと我々の社会の接点も必要。その接着面を水商売というギミックで設けるという意味でも、「シオンの娘」はあまりに多層的な役割を担う場所なのだ。その店に40年以上流れ続けている不思議な時間、「ドラマ以上にドラマティックな現実」の放つ引力…私はそれをどうにかスクリーンに念写しようと編集作業に没頭していく。
映画が完成し公開された今も、万人が納得する完璧な答えというものを私は掴み切れていない。仮に掴み切れていたとしても、おそらくそれを明言できない。「ドラマ以上にドラマティックな現実」の“魔法”を解き明かすことは、“映画”を“情報”にダウンコンバートする“黒魔術”になりかねないのだから…
映画『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』監督 佐井大紀
『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』
ポレポレ東中野ほか全国公開中
<作品概要>
1980年、東京・国分寺市から10人の女性が突如姿を消したと報道される。彼女達を連れ去ったとされる謎の集団「イエスの方舟」、その主宰者・千石剛賢は、美しく若い女性を次々と入信させハーレム形成していると世間を騒然とさせた。2年2ヶ月の逃避行の末、千石が不起訴となり事件には一応の終止符が打たれる。しかし彼女たちの共同生活は、45年たった今も続いていた。「宗教法人ではない」と語るその正体とは如何に!?今年のTBSドキュメンタリー映画祭で上映されるとメディアによって作られてきた世間が持つパブリックイメージとは全く別の彼女たちの生き方に衝撃を受ける観客が続出し、急遽、2024年7月6日(土)より東京・ポレポレ東中野を皮切りに全国順次公開が決定した。
監督:佐井大紀
企画・エグゼクティブプロデューサー:大久保 竜
撮影:小山田宏彰、末永 剛
編集:佐井大紀、五十嵐剛輝
製作:TBSテレビ
配給:KICCORIT
配給協力:Playtime
©TBS
2024年/日本/69分/ステレオ/ 16:9
公式X:https://twitter.com/TBS_DOCS
公式HP:hakobune-movie.jp
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