プロが見たこの映画

文学系女子が語る「心に刺さるセリフの山に、涙が止まらなくなる。」

2023-04-24更新

年に何本か、映画を観た後に登場人物と自分の人生の出来事を重ね合わせ、しばらくいろいろな感情や考えが頭から離れなくなってしまう作品に出会う。『ザ・ホエール』はまさにそんな1本だった。

本作のあらすじは、こうだ。主人公のチャーリーは、愛する恋人を失ったことをきっかけに過食を繰り返し、重度の肥満症になってしまう。病院に行くことも拒み続けた結果、病状は悪化し、余命わずかに。それを悟ったチャーリーは長年疎遠だった娘のエリーに会うことを決意するが、エリーもまた心にいろんなものを抱えていて…という物語。

チャーリーは、過去に自分が家族を捨てたことに罪悪感を抱えており、残されたわずか時間の中で、娘のエリーに愛や大切なことを伝えたいと思っている。しかし、エリーは父親を許すことができず、冷淡な態度ばかりとってしまう。それでも、必死になってエリーと向き合おうとするチャーリーの姿が見ていてとにかく切ないのだ。だが、それ以上に切ないのは、チャーリーが大きなピザやホットドッグを無心で食べまくる姿だ。無我夢中で食べ物を口に詰め込む様子からは、好きで食べているわけではないことがひしひしと伝わってくる。私は、この時の彼の心情が痛いほどわかり、胸を締めつけられた。行き場を失くした感情をごまかすために、自暴自棄になったことがある人なら、きっと誰もが同じようにチャーリーに共感するだろう。こういう場合は、大抵冷静になった時に大きな罪悪感に苛まれるし、もはやそんなことはやる前から分かっているのだが、それでも自分をコントロールすることができないのだ。そんな自分に嫌気がさして、また自暴自棄になって…こうなるともう、簡単には負の連鎖から抜け出せなくなる。そんないつかのあまり思い出したくもない自分の姿とチャーリーの姿が重ね合わさり、胸をえぐられた。

それほどに感情移入できたのも、みなさんご存じのように、本作でアカデミー賞主演男優賞を受賞したブレンダン・フレイザーの演技がやはり素晴らしかったからだ。さらに、より一層作品のクオリティーを高めていたのが、エリーを演じたセイディー・シンクの演技だ。私は、Netflixの人気ドラマ「ストレンジャー・シングス」にドハマりし、気づいたらマックスを演じたシンクのファンになっていたのだが、本作ではより一層腕に磨きをかけたシンクの演技がとにかく光る。エリーがチャーリーに冷たくしてしまうのは、彼女もまた同じように苦しみ、もがいているからで、彼女の行動や言動の一つ一つからその苦しみがダイレクトに伝わってきて、見ていてしんどいくらいだった。

だが、本作はただ辛くて悲しい物語なのでは決してない。それ以上に、とにかく心に刺さるセリフの山だ。それも、生きていくうえで心の支えとなってくれて、何より自分を大切にすることができるような言葉たちで溢れている。中には聞いたことがあるものもあるかもしれないが、様々な過去を背負った登場人物たちが言うからこそ、説得力が半端じゃない。特にチャーリーが最後に見出した希望を、私はこの先もきっと忘れないだろう。ネタバレになるので詳細を言うことは控えるが、人間の素晴らしさというか、共存しているからこそ生まれる素敵な可能性に気づかせてくれた。
そこからラストは、もう感情がどうしようもなくなって、久しぶりに目が腫れるくらい泣いた。こんなにも感動に打ちのめされたのは、本当に久しぶりの体験だった。

ちなみに、本作では、世界的名著の一つである 1850年代にハーマン・メルヴィルによって書かれた小説「白鯨」について述べたエッセイが何度も出てくる。私も数年前に読んだことがあるが、エッセイの内容には非常に共感してしまった。こんなにも心に響いた作品で、しかも作品の重要な要素となるエッセイの書き手とわかりあえたことがなんだか嬉しかった。「白鯨」のストーリーを一言でいうと、自分より何倍も大きな未知の生き物(鯨)を追いかけ、それを倒すことに命をかける男のロマンについて書かれた作品、とでも言おうか(あくまで私の個人的な感想だ)。長いし、難解が故に何度も挫折しかけた記憶があるが、なぜか意地になって読了したのは本作のためだったのかもしれない…。『ザ・ホエール』は私にとって、観るべくして観た作品だったようだ。

 

真面目が取り柄の文学系女子 kimurama

 

ザ・ホエール(2023)
全国公開中
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ ほか

 

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