プロが見たこの映画
ファッションのプロが語る「ベーグルは誰の心にも存在している」/『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
アンパンマンは言った(歌った、の方が正しいのだろうか?)
「愛と勇気だけが友達さ」
この映画は、アンパンマンさながら、“愛と勇気の映画”だ。
日本時間3月13日に行われた第95回アカデミー賞で、とんでもないトリッキー映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称:エブエブ)が史上最多主要部門6冠に輝いたのは記憶に新しいかと思う。
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私の経験ではアカデミー賞作品賞の受賞作品といえば程度の差はあれど、ほとんどの人がすごく良い映画だった、と口を揃えて言うものだが(とはいえ筆者は『コーダ あいのうた』も『ノマドランド』も観ていないのだが…)エブエブは程度の差があまりにも激しすぎる。
訳が分からなかった、悪夢かと思ったという人もいれば、めちゃくちゃ感動した、最高の映画だったという人もいて、ここまで作品への評価が割れる映画が史上最多の賞を受賞するなんて捻くれ者日本代表としては、へえ、審査員もなかなかやるじゃん、と一報送りたい(どこに?)気持ちである。
かく言う私は、もちろん記事を書くに至るということはつまり、大爆笑そして大号泣を経て、あああ…最高の映画を観てしまった…と武者震いをしながら映画館を後にした方の人間だ。(ちなみに同伴者は上映中めちゃくちゃ笑っていたので同じ側の人間だ!と確信し鑑賞後に、ねー本当最高だったね、えぐい、と声を掛けたところ、満面の笑みで訳分かんなかったわー!と言っていた、あの笑顔を私は一生忘れない)
最近どハマりしている「住みにごり」という漫画があるのだが、何が面白いって怖くて気持ち悪くて不気味で、なのに突然、後頭部を殴られたかのように衝撃的なギャグシーンが放り込まれたかと思えば、次の瞬間には通りすがりの人に平手打ちを食らったかのような衝撃、ページが捲れなくなり、そのまま漫画を閉じたことすらある。とにかく、感情がグッチャグチャにされるのだ。私は「住みにごり」を勝手にエンタメキング漫画と読んでいる。
作風としては全く違うのだが、でもなんだか”衝撃感”が似ていてるように感じた。
幾多にも別れゆくマルチバースの世界は、鑑賞者の気持ちを追いつかせない。ついて来れるやつだけついて来い、という尖った姿勢が、突如として降り掛かるあまりにもくだらない奇行を、より一層馬鹿馬鹿しく魅せているように思う。
そして映画の軸にもなっている真っ黒いベーグル(と呼ばれているもの)は、実は誰の心にも知らぬ間に存在していて、時々暴走しそうになるものだ。
それは息が詰まるような瞬間や、悲しい時や苦しい時、もしかしたら人生の大半の時間でベーグルは膨らみ大きくなる。
ただ、人生の大半の時間で膨らんだベーグルは、あまりにも一瞬の出来事によってペシャンコにしてくれる。そして、その瞬間はいつ訪れるかは分からない。分からないけれど、心にベーグルを抱える誰の人生にも必ず訪れるものだと思っている。
エブエブはそういうことを教えてくれた。今、心にベーグルを抱える全ての人に観てほしい。
映画ファッションマニア つみき
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2023)
全国公開中
監督:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
出演:ミシェル・ヨー、ステファニー・スー、キー・ホイ・クァン ほか
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