業界人インタビュー

【ENDROLL】「映画館が生まれた理由」OttO今井健太さん~後編~NEW

2025-11-21更新

この業界、とにかく面白い人が多い。

そんな気づきから生まれたインタビュー企画「ENDROLL エンドロール ~業界人に聞いてみた」。
映画・エンタメ業界の最前線で活躍する方々に話を聞き、そのキャリアや想いに迫ります。
現在この業界で働いている方はもちろん、これから業界を目指す人にとっても、刺激となるリアルな声を届けていきます。

今回は、2025年4月に完成した、埼玉の大宮駅から徒歩5分にあるカフェとシェアハウスを併設するミニシアターOttO(オット)の今井健太さんのインタビュー後編。

水泳選手から劇団員、設備工事と歩んだ今井さん。偶然の再会や仲間とのつながりがこの映画館につながり、OttOならではの設備やミニシアター応援の思いまで見えてきました。

水泳選手だったことでつながる運命

稲生D
今井さんは小さいころから映画がお好きだったんですか?

今井
好きでしたね。最初に見たのが 『101匹わんちゃん』でした。高校の時、お正月に映画館をはしごして『E.T.』と、たぶん『戦場のメリークリスマス』を見たような記憶があります。母が映画好きだったんですよ。母はかつての新宿コマ劇場の裏にあった美容室で働いてたんです。

稲生D
なんと!

今井
そして親父はその歌舞伎町の洋服屋で働いてたんです。今考えると結構モダンな二人ですよね。家でも映画音楽が流れていて、それで馴染み深かったということもあると思います。そして僕は特撮、『スター・ウォーズ』世代ですから。映画のSFXはやっぱり好きで、クリーチャーを作ったり映像の合成だったりという本は結構読んだりしました。俳優はクリント・イーストウッドが好きでした。

稲生D
『ダーティーハリー』の頃ですね。そんな映画好きな今井少年は、どんな職業に就くことになったんですか?

今井
僕はずっと水泳をやってたんですよ。小学校 2年から大学までずっと。これでも一応、埼玉県の高校新記録とか出してるんです(笑)。国体選手でもありました。

稲生D
え!すごいじゃないですか!

今井
僕の周りにはオリンピック選手とかもいたりしました。 OttOで以前、『The Swimming Clown 水の導化師の物語』という元水泳選手の不破央(ふわひさし)のドキュメンタリー映画を上映したんです。その不破央が僕の小学校からの友達で。彼も小学校からの水泳選手で、高校の時には日本新記録も出してるんですけど、怪我で五輪には出られなくて。彼とは日大の水泳部で一緒だったんですけど。

稲生D
ちょっと待ってください。今井さん日大の水泳部の選手だったんですか!

今井
ええ、そうなんです。当時の日大は日本一だったので、全国から速い選手が集まってくるところでした。僕はBチーム、いわゆる2軍からでしたが学生選手権には滑り込みで出られました。

稲生D
まさに、人に歴史ありですね…。

今井
で、不破央に戻りますが、彼は当時日本一だったんですよ。でも怪我をしてオリンピックに行けなくて、卒業後は水泳からちょっと離れて、青年海外協力隊でグアテマラの子供に水泳を教えたりしたんだそうです。
その後、彼は一人で水中パフォーマーを始めたんです。その活動がテレビで紹介されたりして有名になってきて、そして彼が水中演技を指導したのがあの『ウォーターボーイズ』なんです。

稲生D
すごい! そういうつながりになっていくんだ。

今井
それから彼は男子シンクロのオリンピック強化コーチもやったり、スイミングスクールもやっているんですが、彼が水中パフォーマーを引退するって決めたのが、ちょうどここを映画館にしようと考えてる時期だったんです。

二十年ぶりぐらいに再会したんですが、その時に「俺、映画館作ろうと思ってるんだよね」という話もしたんです。その数ヶ月後に彼から「健太、映画館作るって言ってなかったっけ?」って電話がかかってきたんです。すると「いや実は、僕が引退するっていうんでドキュメンタリー映画を撮るって言うんだよね」って言いだして(笑)。 その映画を掛けてくれるところを探していて、僕のことを思い出したらしいんです。さらに彼の映画のクランクアップとここの竣工が同じタイミングだったという(笑)。

稲生D
色々と交差しますね~。すごい。

今井
それで「じゃあやろうか」ってことになり、ここで映画を上映したんです。そんな嘘のような偶然の話がいっぱいあって始まったんですよ、ここは。

激動の20代 ――水泳選手から劇団員、そして設備工事の世界へ

稲生D
今井さんの大学時代の水泳はどうだったんですか?

今井
水泳は今でも大好きなんですけど、あの体育会系特有の文化が合わなくて。僕は水泳部の寮に入って、100人ぐらいの水泳選手と暮らすわけです。その中にルールがあって、後輩はもういろいろやらなきゃいけないことがいっぱいあるんですよ。でも文句を言われるのは嫌だから最初は完璧にこなして、その上でルールを破っていくという問題児でした(笑)。結局嫌になっちゃって、2年で辞めたんです(笑)。半ばスポーツ推薦みたいな形で入学したので学部も選べず、勉強したいこともできない。周りはみんな遊んでるし、なんだかつまんないなーと思って。その頃に映画をいっぱい見たんですよね。

そんな人生に悩んでる時期に、俳優が演技の中で人間を掘り下げて学んでいることを知ったので、それをやってみたいなと思ったんです。そして下北沢の劇団に入って、昼は水泳の練習をして夜は劇団に行って、みたいな生活を続けていました。そんな生活が祟って倒れて大怪我をしました。大学を辞めるのもそれが引き金となって、当然親には怒られ、勘当されたように自分で生活を始めました。その時に設備工事の仕事を劇団の人から紹介されたんです。

稲生D
なるほど、ここで設備工事が出てくるんですね。その時に設備工事の知識はあったんですか?

今井
まったく何もないです。でもアルバイトで行った先の親方は子供がいない人で、僕をすごくかわいがってくれたんです。アルバイトではありますが、その親方について五年ぐらい働きました。

稲生D
今井さんは「別にいっか」で進めるタイプなんですね。

今井
計画性がないだけです(笑)。けっこう優柔不断ですし。そこしか道がなかったという方が正しいかもしれないです。

稲生D
そこからは設備工事のお仕事を?

今井
そうですね。設備工事の仕事で独立するという気もなかったんです。芝居がやりたかったので。でもその頃に、今度は実家が借金で大変になってきてしまって。なんとかしなきゃいけないので実家に戻りました。そこから設備工事と家の経済的なことをずっとやらなければいけなくなり、芝居からも離れてしまいました。

すると今度は、親方のお母さんが亡くなって、親方が青森に戻ることになったんです。その時に「もしこの仕事を続けるなら道具を置いていく」って言われて。親方がやってきた事が何らかの形で残ったら嬉しいのかなと思い、結果的に設備工事で独立しちゃったんです。それが25歳の時です。

稲生D
それでまだ25歳…。大学から激動ですね。

今井
水泳を辞めて、設備工事の仕事を始めて、家の借金返して、ずっと仕事しかしてないです(笑)。

稲生D
設備工事の仕事の知識がこの場所の建設に大きく役立ったわけですね。

今井
そうなんです。映画的な伏線回収として考えると、今までやってきたことが、全部ここに集約されてきてるんですよね。

驚異の音響設備と高画質。ミニシアターで体験する大迫力

※映画館内の様子

稲生D
昨今の劇場はラージフォーマットがどんどん増えてきて、映画ファンからするとミニシアターは設備が不安というのはあるんです。その上でスクリーンの大きさというのは物理的に大きな施設が必要になりますが、大きさで勝負するのではなく、ペイントスクリーンということにも驚きました。

今井
ペイントスクリーンもジーベックスの担当の方が持ってきてくれたアイデアなんです。

稲生D
物理的な大きなシートがあるわけではなく、壁に専用の塗料を塗っているっていうことですよね。

今井
そうです。普通に映画館のスクリーン設置をしようと思ったら、それだけで数百万かかるんです。でもペイントスクリーンなら圧倒的に安い。塗料を扱う会社の方も、興業館では初めてということで喜んでくれて、ぜひうちの製品を使ってくださいと新製品を出して頂きました。結果的に材料費がかなり節約できました。

稲生D
通常の映画館と最も違う、まさにここじゃないと味わえないものですよね。スクリーンには穴があいていて、その奥にスピーカーを置いてあるものだと思い込んでますから。

今井
そうなんです。僕が正しい映画館の姿を知らないので先入観がないんです(笑)。いろんな人の話を聞いて面白いアイデアを組み合わせたらこうなったっていう感じです。

稲生D
今井さんの中で、全国のミニシアターを応援したいお気持ちはあるんでしょうか。

今井
もちろんあります。それが求められているのかはちょっとわからないですけど(笑)。ここのシェアハウスに全国のミニシアターを助けたいっていう青年が住んでいるんです。工事中にやってきて話を聞くと、システムエンジニアで、全国のミニシアター情報を集約して、もっと色々な人が映画館に行く第一歩を作るためのアプリを作っているんです。そんな彼にここまで話したような経緯の話をしたら、「今井さん、やっぱり僕、ここに住みたいです」って。そんな彼もいたりする中で、新たな化学反応が起きて、新しい動きができるんじゃないかなみたいなところはあります。実はまだ言えないことがいっぱいあったりします。ここから広がるアイデアを持ち寄ってくださる動きもあるんです。そうなっていけば、きっとできることもあると思うんです。

稲生D
今、映画ファンの分母を増やす動きってなかなかないんですよ。今の業界は少ない分母をみんなで取り合って、勝った負けたをしている。ミニシアターぐらいの規模で、地元の人たちに根付いて分母を作っていくのって、決して不可能じゃないと思います。

今井
あまり映画に行く機会のない人たちが、気軽に来られる何かを作るっていうのは大事ですよね。映画好き向けでやっちゃうと、やっぱ他の人が来づらくなっちゃいますから。今はいろんなコンテンツがある中で、それこそシネコンに『鬼滅の刃』にこれほどお客さんが来ていて、ただ観て帰っていくだけっていうのはもったいないですよね。ここに来れば全く違うジャンルの作品のポスターがあって、思ってないところで興味が広がっていく。そういう出会いの場所になるといいなと思ってます。

~編集後記~
今回のインタビュー終了後、上映中の『地獄の黙示録 ファイナル・カット』を体験させていただきました。XEBEXの音響デザイン、イースタンサウンドファクトリーの15台のスピーカーによる音響は、すさまじいの一言。迫力と繊細さを兼ね備えた音響で、あっという間に映画に引き込んでくれます。朝のナパームは格別でした。そして一番驚いたのはペイントスクリーンの画質。壁に塗られた銀色の四角いスペースに投影される映像は、非常にクリアで輝度も高い。通常の約50人サイズの小規模劇場の場合、中央より前の座席で鑑賞すると物理的な距離が近いため、スクリーンの無数の穴が見えてしまい、気になってしまうことも少なくない。しかしペイントスクリーンには穴自体が存在しないため、その心配がない。まさに通常のスクリーン以上の画質で映画を堪能できた。ぜひこの驚きをOttOで味わってほしい。

【ENDROLL】「映画館ができるまで」OttO今井健太さん~前編~

【Information】
日常と映画が交差する、住宅街のなかの小さな映画館

OttO(オット)は、大宮駅西口から徒歩5分の住宅街にある小さな映画館です。
こだわりの作品上映やトークイベント、併設するカフェでの時間を通じて、映画を日常の一部として楽しめる空間を提供しています。
映画鑑賞の合間にコーヒーを飲んだり、シェアハウスの仲間と感想を語り合ったり。
この場所でしか味わえない特別な映画体験をお届けします。
https://otto-extended.com/

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