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【ドキュメンタリスト・ダイアリーズ#8】『ヒポクラテスの盲点』監督・編集:大西隼NEW
(提供:D会議室)
作り手たちの“生の声”をそのまま届ける企画「ドキュメンタリスト・ダイアリーズ」!作り手自らが作品で描くテーマや問題提起、想いなどを執筆した記事を紹介し、ドキュメンタリストの真髄と出会う<きっかけ>を提供します。
今回は、新型コロナワクチンをテーマに、科学と社会の“盲点”に切り込んだ、10月10日(金)より全国公開のドキュメンタリー『ヒポクラテスの盲点』の大西隼監督からご寄稿いただきました!
【ドキュメンタリスト ダイアリーズ #8】
監督・編集:大西隼
2008年テレビマンユニオンに参加。ディレクター/プロデューサーとして、ドキュメンタリーやドラマなど、ジャンルを問わず映像制作に携わる。主な作品に「欲望の資本主義」(NHKBS)、「地球タクシー」(NHKBS)、映画『プリテンダーズ』(2021年/熊坂出監督)がある。「欲望の資本主義2019 ~偽りの個⼈主義を越えて~」で第56回ギャラクシー賞奨励賞、地球タクシー「ソウルを⾛る」で第57回ギャラクシー賞 奨励賞を受賞。新型コロナワクチンの職域接種推進を社内で担当したことが、本作の背景となった。※⼤学院時代は、神経疾患発症の分子メカニズムを研究。博士論文のテーマは「RNA結合タンパク質MBNL1の相互作用分子の⽣化学的・⽣理学的解析」。
ドキュメンタリー映画『ヒポクラテスの盲点』制作秘話
取材の始まり
2023年の春、わけあって暇になった僕は、これまであまり見ていなかったSNSをチェックして、そこで交わされていた新型コロナワクチンについての論争に驚きました。そして、京都大学名誉教授の福島雅典先生が、コロナワクチン接種後の健康被害について憤ってことを知りました。これほど多くの被害、多くの死亡例があること、それでも接種が推奨され続けていることにさらに驚き、なぜこのようなことが起きているのか「知りたい」と痛切に感じたのです。
映像の仕事をする前は、僕は大学院で生命科学を研究していました。同時に、科学と社会をつなぐ「科学技術コミュニケーション」という学問にも取り組んでいました。今起きていることを記録しなければ。それができるのは自分しかいないかもしれない。なにより、本当のことが知りたい、という気持ちが抑えられませんでした。
2年間の不安と緊張
半年ほど迷ったり熟考したりした末、23年の秋に取材をスタートしました。それからおよそ2年間にわたって、コロナワクチンを「推奨」してきた機関や医師、対して、コロナワクチンによる健康被害を薬害ととらえ、被害者の救済に奔走する医師や科学者たち。そして、被害に遭われた方やご家族。コロナワクチンに関するさまざまな声を取材してきました。この取材だけをやっていたわけではありませんが、それでもずっと緊張感や不安感が続いていたのは事実です。9月に映画本編を完成させ、10月頭にパンフレットを入稿し終え、映画を作るプロセスからようやく解放され、2年ぶりに一息つきました。本作で向き合った「新型コロナワクチンとは何だったのか」というテーマは、専門性が高く、論点も意見も多様な問題です。110分の映像として完成させるまでの制作プロセスの一端を、ここに記録したいと思います。
何を撮影し、どう構成していくか
撮影を開始したのは2024年の1月11日、ワクチン問題研究会の記者会見でした。本作では井上裕太(104所属)が撮影・音声・照明を1人で担ってくれたことで、ロケはいつも2人というミニマムな体制で動くことが叶いました。以降、いつどんな撮影をしていくか、主に名古屋を拠点とする福島医師、北海道本別町の藤沢医師、兵庫県宝塚の児玉医師の動向を注意を払いながら、撮影と構成を同時進行で走りながら考え続けるという、ある意味では無謀な制作期間でした。総撮影日数は43日間に及んだことからも、設計図なき制作だったことが分かると思います。
ただ、これだけは撮らないといけない、というポイントは当初から頭にありました。特に、コロナワクチンを推奨されてきた立場の専門家の撮影、福島先生に直接相談をされたご家族の肉声の取材は、早くから撮影を望みながらも、実現まで時間を要しました。もちろん、極めて繊細なテーマですから、スムーズに進まないことは当然のことだとも思っていました。
映画の公開を迎える今、改めて、ご出演くださった先生方、患者さん、ご遺族の方々の並々ならぬ意志と勇気に、心より敬意と感謝を申し述べさせていただきます。
「科学と感情」 ただの医療ドキュメンタリーにはしたくなかった
私は科学畑出身ですが、科学と社会の接面や、科学とともに生きる人間存在に興味を持ち、これまで番組などを作ってきました。本作は、確かに科学・医学面での事実の積み上げが土台にありますが、問題に向き合う医師や科学者の感情・義憤・優しさなど、人間としての感情を描くということを、撮影、構成、編集のプロセスでいつも重んじてきました。そうでなければ、後遺症の被害に今も苦しむ患者の方々の深い悲しみや怒り、ご家族を亡くされた方々の言葉にならない喪失感を1つの映画の中で描くこともできないことになります。医師や科学者はいつも冷静沈着であるべきで、感情を露わにするべきではないと、そのような考えがあることも理解していますが、映画は人間を描くものです。人間から喜怒哀楽を抜いてしまったら、何が残るのでしょうか。医師も科学者も、人間です。
そして、映画が生まれた
個人的には映像制作のプロセスにおいて最も骨が折れ、頭と感覚を総動員するプロセスが編集です。編集とは言い換えると、映像、言葉(音声・テロップ)、音楽を、ある時間軸の上で最適な配置を目指して試行錯誤する行為です。今年1月頃から、撮影取材を続けながら、編集をスタートしていました。一見すると淡々とした場面から、どのように「物語」のうねりを作り出せるか…暗中模索の日々が続いていました。けれども、人間を描くのだという軸を、伴走してくださった3名のプロデューサーの先輩たちからも逐次思い出させられ、およそ8ヶ月をかけて編集を完成させるに至りました。「ああ、このような映画だったのか」と、今は思えます。
そこには、自分で勝手に「メインスタッフ」と呼んでいた6名:撮影の井上裕太さん、音楽の畑中正人さん、CGの高野善政さん、オンライン編集の佐分利良規さん、音響効果の佐藤新之介さん、ミキサーの森岡浩人さんという、錚々たるプロフェッショナルの力添えがなければ、私の企画・取材は、決して映画として結実することはなかっただろうと思います。
『ヒポクラテスの盲点』
2025年10月10日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
監督・編集:大西隼
撮影:井上裕太
音楽:畑中正人
CG:高野善政
プロデューサー:杉田浩光、杉本友昭、大西隼
出演:福島雅典(京都大学名誉教授)、藤沢明徳(ほんべつ循環器内科クリニック理事長)、児玉慎一郎(医療法人社団それいゆ会理事長)、虻江誠、上島有加里、上田潤、大脇幸志郎、宜保美紀、新田剛、森内浩幸、楊井人文
製作:「ヒポクラテスの盲点」製作委員会
制作・配給:テレビマンユニオン
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会
2025年/日本/ステレオ/16:9
(C)「ヒポクラテスの盲点」製作委員会
公式サイト: hippocrates-movie.jp
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