プロが見たこの映画

【最新配信エンタ】『マルホランド・ドライブ』その道は、エメラルドシティへ続くイエロー・ブリック・ロード……のはずだった。

2025-01-22更新

1月15日、“カルトの帝王”デビッド・リンチがこの世を去った。未だに第一線で活躍する巨匠が多いので忘れがちだが、現実的に考えれば今後このようなニュースは増えていくのだろう。しかし、アーティストは作品が忘れられない限り、アーティストとして死ぬことはない。今回は彼のフィルモグラフィーに触れながら、筆者のオールタイムベストの1本である『マルホランド・ドライブ』について紹介しようと思う。

カルトの帝王と呼ばれるだけあり、リンチ作品はシュールで難解に見える。そもそもかなり能動的に映画を選んで見る人以外が目にする機会もないだろうが、彼のデビュー作『イレイザーヘッド』からしてすでに強烈だ。主人公の恋人が子どもを身籠るのだが、産んでみるとそれがどう見ても気色の悪い化け物なのだ。しかも恋人は去ってしまい、主人公はこのナニカの世話をしながら悪夢とも妄想ともつかない幻に苛まれる。当時のリンチが、将来映画監督になる娘のジェニファーを授かったという事実を知っていればある程度作品の意味も分かるが、その普遍的な不安をこのような異常な映像で表現する人間はそういない。比較的落ち着いた『エレファント・マン』や“普通”の映画『ストレイト・ストーリー』も撮っているとは言え、他の作品はルックも中身もかなりヘンだ。『ブルーベルベット』も、『デューン/砂の惑星』も、『ワイルド・アット・ハート』も、『ロスト・ハイウェイ』も、『インランド・エンパイア』も。

『マルホランド・ドライブ』についてはそこまで変態度は高くないので、『イレイザーヘッド』に比べればオススメしやすい。だが、本作をオールタイムベストに挙げる筆者でも、初見時はぶっちぎりでオールタイムワースト映画だと思ったものだ。なぜか。何の話なのか全く分からなかったからだ。まさに好き者にはたまらない“考察映画”と言える。本作の主人公は、夢を追ってハリウッドへやって来た新人女優のベティで、当時実際に売れない女優だったナオミ・ワッツが鬼気迫る演技で演じている。ベティは、ハリウッドを一望できる実在の峠道「マルホランド・ドライブ」での交通事故により記憶を失くした謎の女性と出会い、彼女の正体をともに探り始めるが……こう書くと普通のミステリーのようだが、実際にはミステリーでありホラーでありコメディでありラブストーリーだ。ナオミ・ワッツの状況も相まって、何が現実で何が虚構かもはや分からない。

日本公開時のコピーは「わたしのあたまはどうかしている」。ところが、実際はいきなり本筋と関係なさそうな話が複数割り込んできて、観客の方をこそ大混乱させる。もちろん最後にはネタバラシがあるけれど、過去の筆者のようにそれでも理解できない方もいるだろう。考察サイトを見た後に鑑賞し直すとぶっ飛んだ。映画の見方が一変した衝撃の体験だった。意外な感じもするが、『ワイルド・アット・ハート』を見れば分かるようにリンチは『オズの魔法使』が好きだ。詳しくは言わないが、本作にもその影響が多分に出ている。「通り」繋がりの往年の名作『サンセット大通り』を下敷きに、『オズの魔法使』テイストでハリウッドの光と闇を描いているのだ。つまりは、『ラ・ラ・ランド』や『アンダー・ザ・シルバーレイク』などの大先輩と言えるだろう。

つい最近映画化された、『オズの魔法使』の前日譚ミュージカル『ウィキッド』。その最初のナンバーは「No One Mourns the Wicked(誰も悪人の死を悲しまない)」だ。『マルホランド・ドライブ』の“彼女”の死を悼む者はいたのだろうか? 映画の意味が分かって以降、筆者の心には本作のエンディングが心にこびりついたまま離れない。こういった忘れがたい経験をさせてくれるものこそ、本当のアートだ。リンチ自身は虹の彼方の世界へ旅立ってしまったが、作品はいつでもふたつの世界を繋いでくれる。北欧神話の虹の橋ビフレストを渡るように、というのでは生温い。さあ、悪夢的な竜巻に巻き込まれる用意はできただろうか?

日々メタルで精神統一を図る映画ブロガー 屋我 平一朗

 

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【ストーリー】
闇に覆われた真夜中の山道“マルホランド・ドライブ”。ある晩、車の衝突事故が起こり、生き残った美女は記憶をなくした。彼女はある有名女優の留守宅に身を潜めるが、女優を夢見るベティに見つかってしまう。記憶のない彼女はとっさにリタと名乗るが…。

【キャスト】
ナオミ・ワッツ、ローラ・ハリング、アン・ミラー、ジャスティン・セロー、ダン・ヘダヤ 他

【スタッフ】
監督・脚本:デビッド・リンチ

 

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