業界人インタビュー

【ENDROLL】「アカデミックに切り開く、映画鑑賞の新しい視点」トーキョー女子映画部 武内三穂さん ~後編~NEW

2025-04-18更新

この業界、とにかく面白い人が多い。

そんな気づきから、映画・エンタメ業界で働く人とその成りに焦点を当てたインタビュー企画「ENDROLL エンドロール ~業界人に聞いてみた」。
業界の最前線で働く方にインタビューを行い、現在業界で働いている人はもちろんのこと、この業界を目指している人にも刺激を与えていきたいと思う!

今回は、ウェブメディア「トーキョー女子映画部」を運営する傍ら、大学で心理学を学び、教育における商業映画の活用を研究する株式会社TSトーキョーの武内三穂さんにインタビュー!

後編では、武内さんが研究中の「SEL(Social Emotional Learning:社会性と情動の学習)」に興味を持ったきっかけや、SELに商業映画を使おうと思った経緯、「トーキョー女子映画部」での取り組みについて詳しく聞いてみた。

人生で一番の打撃と映画の救い

KIQ前編でお話を聞いていて、ものすごい活力が溢れているというか、自分のやりたいことをやるために道を切り拓いてきたことがかっこいいと感じました!

武内: いえいえ、そういっていただき恐縮です。好奇心がすごく旺盛だからそれが原動力となって、思うがままにいろいろやってみているだけなんです。ただ、好奇心ですぐに食いついても、やっぱ違うなってなるものもあります。あと、映画の観過ぎで、特に実話ものを観ていると「難しいことでも成し遂げた人がいるんだから、自分にもできるんじゃないか」って思っちゃうんですよね。それが映画になるくらい稀な事例というのはわかっているけど、実現した例ともいえる。だからその人の真似はできないけど、自分に置き換えた時に、叶えたいことから逆算して何をすべきか考えている節はあります。それに好奇心が強いから、実現した先にどんな未来があるのか見えるまで、やめるわけにはいかないんです(笑)

KIQ: もう映画の主人公みたいですね……! ポジティブさが印象的なのですが、落ち込んだりとかしないんですか?

武内: いや、ありますあります! 会社員の時も一回すごく落ちてしんどい時がありましたし、起業して落ちついてからも「これが中年の危機か」って思う時がありました。それに加えて新型コロナウイルス感染症がはやったり、レンタルビデオ屋さんがいっぱい閉まったりした時に、先行きのわからなさに不安を覚えましたね。

KIQ: あの頃は結構きつかったですね。

武内: なんていうのかな、私っていつも自分だけで完結して、今までそれでうまくいっていたんです。それは多分若かったし、勢いもあったからで、いろんな先輩が助けてくれていたんだって思います。でも、ずっと同じじゃダメだろうって。今度は下の世代に引き継いでいく、繋いでいくことをしなきゃと思ったんです。だから、人のために何かしたり、お返しをしたりしよう、一旦“自分より他の人”って考える練習をしていました。

ただ、人が何を考えているのか参考にするためにSNSを見ていても匿名で何でも言えちゃうし、炎上が目につくと人って怖いなって思って、人がわからなくなりました。そのうち、自分に対する勘も鈍くなり、「これは、これまで生きてきた中で一番の正念場だ」って感じましたね。今までは自分を理解して効率よくやっていたことも、不安でもがいている感じの行動が増えてしまって、自信をなくして。何やってんだろう、って思っていました。

KIQ: なるほど。

武内: ただその経験から、自分が精神的に強いがために、今までしんどい人の気持ちを本当の意味でわかっていなかったと身をもって知った気がします。頭ではわかっていたとしても、やはり経験していないと理解できませんよね。だから、今振り返ると「あれは自分にとって大事な経験だった」と感じます。鬱に近い状態は本当にきつかったし、この状態にずっと耐えている方は本当に辛いだろうなって思います。私は映画を観て救われたことが何度もあって、以前からその経験を形にしたいと思っていました。それが今私がやっている研究の出発点です。これまでで一番長く辛い時期にちょうど心理学を学び始めて、自分がどんな状態に陥っているかを客観視できました。そこからさらに研究に打ち込めたからこそ、持ち直した気がします。

社会人大学院生として、博士号取得を目指す!

KIQ: 精神的に辛い時に映画に救われたことがあると伺いましたが、実際どのように救われたんですか?

武内: たまたま映画を観ていると、全然そんな内容の映画じゃないし、何も期待してなかったのに良いセリフが出てくることってありますよね。それを一番必要とする、すごいタイミングで観る。そういう体験が重なって、映画の虜になりました。「これがいいでしょ」って決めつけじゃなくて、例えば前編で話した『テキサス・チェーンソー』みたいに、出会うはずのないところで出会った作品から、思いがけないものを受け取ることもある。そういう背景もあって、私はとにかくいろんなものを観てほしいし、そういう映画の使い方をしてほしいって考えがずっとあったんです。ただ、前の会社にいた時や自分で会社を立ち上げた時はそれをどう形にするのかずっとわからずにいました。でも、ふと一旦心理学を学んだ方が良いんじゃないかと思って、どうせなら本格的に学ぼうと大学に編入することにしたんです。

KIQ: なるほど。武内さんの原稿は読んでいてアカデミックさが印象的だったのですが、背景はそこにあるんですね。

武内: ただ、心理学ってすごく広くて、3年編入で学んだところでようやく入り口に立ったぐらいの感覚なんです。だからこれは全然足りないなと思って、修士課程に進学しました。そこで奥深さをより知って、ここまで来たなら博士課程に進もうと考えました。自分がこれからやることに説得力を持たせるには博士号を持っていた方がいいと思ったんですよね。主観だけでものを言っているのではなく、ちゃんと科学的背景に基づいた考えを持っている人ってわかるようにしたくて。

KIQ: 今、「トーキョー女子映画部」で取り上げられている「SEL」との出会いもそこだったんですか?

武内: そうですね。前提からお話すると、映画を観て元気になって精神が保たれているとか、何かをするモチベーションに繋がるって考えた時、その「映画鑑賞」って単なる娯楽じゃないと感じたんです。もうそれは生きる糧とか、栄養剤の役割を果たしている、と。そこから、商業映画をウェルビーイング教育に使いえないかと考え始めました。

KIQ: ウェルビーイング?

武内: ウェルビーイングとは、身体的、精神的、社会的に良い状態のことで、「持続的幸福」という表現もあります。ただ、ウェルビーイングそのものが捉えがたい概念で、ウェルビーイング教育って言っても意味が広すぎるんです。だから、映画をウェルビーイング教育に活用するにあたり、もう少し具体的な内容に絞らなきゃと思っていた時、「SEL」を見つけました。

KIQ: それはどういった内容なのでしょう?

武内: 「SEL(Social Emotional Learning)」は、日本語で「社会性と情動の学習」と訳されていて、社会情動的スキルを伸ばす学習です。

KIQ: 社会情動的スキル・・・。

武内: 自分や他人を理解する能力や、自分の感情をコントロールする能力などのことですね。 ウェルビーイングの観点からも、知能検査で測られたり、学力テストの結果に表れるような“認知能力”だけではなく、こういった“非認知能力”も伸ばしたほうがいいという声も増えているんですよ。

KIQ: 理解できました!

武内: 私はこのSELを学ぶための教材として、映画を使おうと考えて研究しています。そして、その方法を「映画でSEL」と名付けて、最近トーキョー女子映画部でも情報発信を始めました。

映画鑑賞の新しい視点

トーキョー女子映画部「映画でSEL」

KIQ: そういった視点から映画を観るのは面白いですね。実際に「映画でSEL」の記事を書く際に意識することはありますか?

武内: そうですね、研究者としては、学術的に正確な表現で書きたいというスタンスがあります。ただ、あまりそっちに寄ると一般の方にとっては難解な文章になってしまいます。やはり一般の方に役立つ研究にしないと意味がないので、なるべく平易な文章で書くことを心がけています。

KIQ: なるほど。

武内: 研究すればするほど、映画っておもしろいと思うんです。リュミエール兄弟は記録するために活用されることを想定してシネマトグラフを発表したのに、人々は記録することよりも観るほうに反応したといわれているように、映画って人がいてはじめて成立する娯楽なんです。そして、研究してみると、実際に映画っていろんな用途で使われているんです。なので、「映画ってこういう見方もできるんだよ」って、私にしかできない視点で発信したい。そういった経緯で「映画とSEL」の記事を出しています。

KIQ: お話ありがとうございます。最後に、バイタリティ溢れる武内さんの“秘訣”みたいなものを教えてください!

武内: まさに「映画とSEL」でやろうとしていることなんですけど、まず自分軸を持つことが大事だと考えています。人の物差しで生きている限り、自分の幸せにはなかなかたどり着けないと思います。自分の本心に従って、自分が決めたことなら、失敗しても次にどうするか掴みやすい。だから、自分がどう思っているのか、どう感じているか、常に自分の心に聞く癖をつけると良いかもしれません。最初はシンプルに嫌か、嫌じゃないか。次にやるか、やらないか。そのジャッジを積み重ねていくと、たぶん次どうするか、今よりもっと考えやすくなる気がします。

【ENDROLL】「映画好き女子の居場所」トーキョー女子映画部 武内三穂さん ~前編~

 

【Information】

トーキョー女子映画部」ウェブサイトにて【映画でSEL】の情報発信中!
https://www.tst-movie.jp/category/learning/movie-sel/

【映画でSEL】は、教育における商業映画の活用を研究をしている武内三穂が独自に考え、名付けたもの。もともと、社会情動的スキルを向上させる目的で開発されたSEL(Social Emotional Learning:社会性と情動の学習)において、商業映画を教材として活用できると考えて、研究している。今後、ワークショップの開催や学習プログラムの開発、リリースを予定している。

武内三穂 研究者プロフィール
https://researchmap.jp/miho-takeuchi2025

下記の学術論文(査読付)を掲載中。
武内三穂・向後千春(2025)映画鑑賞における態度と人生満足度の関連性.教育メディア研究,31(2): 1-14
武内三穂・向後千春(2025)商業映画の機能と価値—ユーザーが挙げた一番好きな作品と理由の分析—.人間科学研究,38(1) : 33-46

 

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