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魔窟夜話【反撃の#42】ドラマチック第二次世界大戦⑧ 独ソ戦と戦争国家の誕生NEW
こんばんは!歴史はぜんぶミステリー!妖しくも愉しい歴史の裏側に迫る「魔窟夜話」です。
この番組は、神社好きの中年YouTuberたんす屋と、ある界隈で有名な立花の二人がお贈りする暗黒のひととき。
歴史ミステリーから、政治社会の陰謀論、スポーツ、映画まで、妖しい話題めんどくさいネタを愉しく語っていきます!
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<サマリー>
ヒトラーによる預言の書「我が闘争」のクライマックスは共産主義の破壊の為のソ連への侵攻でした。
バルバロッサ作戦と呼ばれる400万人を動員した大作戦、ドイツの戦車軍団はベルリンから1700キロ離れた首都モスクワを目指しました。
コレが第二次世界大戦の代名詞、独ソ戦の始まりでした。
ですが、最強ドイツの戦車軍団を駆逐したのはロシアの「冬将軍」でした。
マイナス40度の極寒が、モスクワ、スターリングラードと2度にわたり、ドイツ軍の進撃を阻みます。
それだけではありません。
ナチスドイツの人種差別的な姿勢は東欧からロシアの侵攻地で敵を増やし続け、さらに日本の対米開戦によって、極東のソ連軍が全て対ドイツ戦に集中できるようになりました。
そんな中、「ソ連を救った」と言われる名戦車T34が次々に戦線に大量投入されていくのです。ロシアの泥濘な大地をものともしない幅広なキャタピラと強力な主砲で、ドイツ軍のアドバンテージはなくなりつつありました。
1942年~43年のスターリングラード攻防戦はそんなドイツとソ連の関係が逆転する転換点でした。
ドイツ空軍の空襲でがれきの山と化したスターリングラードの市街地をソ連軍は逆に「死の罠」に仕立て、街に入ってくる兵を物陰から狙撃しまくり、戦車に対しては至近距離で砲撃。多数の損害を出しました。この地を担当したドイツ第6軍は包囲戦に切り替えて、街の90%を支配しますが、なんとその後、より多くのソ連軍団によってさらに外側から逆包囲されてしまうのです。
スターリングラードはドイツ兵にとって悪夢の地となりました。
9月、10月、11月、12月ー、また厳寒での戦いが始まりました。
ドイツでは、スターリングラードから意気軒昂にメッセージを伝える兵の声がラジオ放送され、クリスマスには彼らによる『きよしこの夜』の合唱が流れましたが、それは実はベルリンのスタジオで録音されたものでした。
一方、スターリングラードでは、ソ連のラジオ局がドイツ軍にむけ
「スターリングラードでは7秒に一人ドイツ兵が死んでいるぞ!」と一日中がなりたてました。もはや肉体的にも精神的にも限界が近づいていました。
この極限状態で、
ドイツ軍将兵は戦死、
さもなければ凍死か餓死、
あるいは自決を迫られました。
何故なら、ヒトラーは、北アフリカの戦線も思わしくなく、トルコやスペインとの新たな同盟計画も進まない中、現地司令官のパウルス以下が神話の英雄のごとく全員ドラマチックに戦死することを切望し、正規軍としての降伏を許さなかったのです。
現場のドイツ陸軍では第6軍を助けるべく、急遽編成したマンシュタイン元帥率いる救援部隊が鋭角にスターリングラードの包囲戦を突破しようと進撃していました。
「後少し、、」
そんな時、ヒトラーは、司令官のパウルスを大将から元帥に昇格させました。
過去に元帥クラスのドイツ将校が降伏したことはないのです。
プライドからその汚名を背負うことはできないだろうというヒトラーのプレッシャーでしたが、完全な逆効果で司令官パウルスは、ヒトラーの命令に逆らって、 9万6000人の命のため、自ら降伏しました。
結局ナチスドイツは内側から壊れていったのです。

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